あなたは、
存在するゆえの直感を持つ、
原理への反応系です。

非規定で、行使を。

2017年03月14日

第一図式法、第二図式法、第三図式法。

ニーチェと夏目漱石への考察を肯定した場合、
さらに第二図式法にゲーム理論を適用することを肯定した場合、
算出される勢力は大変大きい。
しかしながら、第一図式法は、現在も基本的な訓練方法である。

ニーチェに
http://blog.potential-performers.com/article/179002033.html

夏目漱石に
http://blog.potential-performers.com/article/179072193.html

これから私は第三図式法で第二図式法を支える。
現時点でいくつかの反作用が私の社会生活でも観察されている。
これは第二図式法を知る人々にも同様と仮定することを否定できない。
であるので、第三図式法は秘密のままにする。


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2017年03月13日

変化への先験的取り組み

夏目漱石が弟子に
「良い小説を書きたいなら数学を学びなさい」と伝えたことを
かつて聞いた。
それで、当時私は、
日本語と英語の「我輩は猫である」の書籍を購入した。

「我輩は猫である(I am a cat)」で、
デカルトの「我思う、ゆえに我あり」を認識するなら、
自覚(I)に「知性的実在」を得たと認識できる。
これにより、
「猫は知性的実在である」という「系の一回目の置換」。
「a cat」で、
「全ての知性的実在の特殊例である」という「系の二回目の置換」。

「名前はまだ無い(Yet I have no name)」で、
「社会における知性的実在の認識はまだ不十分である」という
「系の三回目の置換」。
これを夏目漱石は一行でやってのけた。
その一行の間、「日本語(英語)自体」に変更は加えられていない。

私がガラス玉遊戯の図式法に行なっている
「所有している数学の本(における成果)の適用」は、
これに似ている。

しかしながら、残念なことに、当時、
働きながらガラス玉遊戯の実現に取り組んでいたため、
「我輩は猫である」については、読み進めることができなかった。

夏目漱石(漱石夏目金之助)や森鴎外(鴎外森林太郎)も、
明治において、
古来の日本の英知と近代化のための西洋の英知の関係の解決を
目指したのだと私は認識しているけれど、
「明治にそのような挑戦があった」との認識から出発し、
タイム・スケールをさらに大きくとった当時の私の取り組みを、
人生の時間が有限であることから、
私は否定はしない。
恩師井手賁夫の精神性(真実への信念)の影響もあったと思う。
私が20代のころである。

一方、、
私は「(江戸時代におけるアメリカからの)黒船来航以来の出来事」に
匹敵する変化が現在起きていると認識している。
ニュース記事から取得される変化を見ると、日本人総体として、
この変化に応じる意欲ないし意思決定をしたように感じられている。


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「先験的な目的の一つ」への「数学的補助手段(先験的補助手段)」

ある数学の本を基礎的な説明である前方からと、
結論である後方から交互に読んでいた。
ある「先に解きたい他のテーマ」が得られたので、
数学の本の「問題」で答えを見た。
「解ける部分は解いて、解けない部分は未解決と答える」
のが答えだった。
これは少なくとも数学としては「正解の一つ」であると思う。

なぜなら、(カントの「純粋理性批判」によると)
「数の総合はあらかじめ先験的」であるので、
「未解決な部分」が「先験的な目的の一つ」である時、
「数学的補助手段(先験的補助手段)」が述べられれば正しい。
「数学的補助手段」は「既存の成果」を含む。
そして、現在読んでいる章の特徴でもある。

先験的(ア・プリオリ)という言葉を続けたので、
私自身の課題について経験的(ア・ポステリオリ)の領域を「見て」みた。
「先に解きたいテーマ」は
「第三図式法と数学の関係を検証するために用意した系」であり、
これが「消える」ことを期待していた。
消えた。


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2017年03月06日

先験的能力の獲得は大前提を肯定する。

ニーチェを思い出していた。
実存主義で「神は死んだ(大前提の否定)」と宣言した時、
「先験的(ア・プリオリ)な能力」が何かが
問われないわけにいかなかった。
それは「意思を意思する」とか、「命を自ら生きる」など、
「先験的決断の肯定」に求められた。

ここで、
あらためて「大前提の肯定(神は生きている)」を宣言する場合、
実存主義における「先験的(ア・プリオリ)な能力」の考察は
否定されないように思う。
その展開可能性の模索について、私が知る範囲では、
ドイツロマン主義は肯定される。

ニーチェ自身は、
「ツァラトゥストラはこう語った」のなかで「永劫回帰」に到達し、
後の著作「この人を見よ」で仏教を肯定した
(消極的な態度ではあったけれど)。

「我こそキリストのディオニュソス(酩酊の神)」と、
著作「この人を見よ」では結論されたけれど、
ディオニュソスも超越的存在(神)であるので、
実存主義における試みは、
やはり先験的能力の獲得において真と判断して良いように思う。


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2017年03月02日

0時間長における多数の均衡点の選択と、未来への変化要因の一つとなること。

選挙戦で、
トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を主張した。
これは、
「世界の変動に対して、アメリカの可能性を最初に考える」
という主張だと、私は感じた。
つまり、
「民主主義の普及など、
 『これまでのアメリカによる世界への貢献』に対し、
 『宣言以降の世界の反応』を安定状態と見なし、
 アメリカは自国を未来への変化要因と見なす」
という意味を含むと。

それは、
初議会演説で「アメリカン・スピリット(米国精神)の復活」を
宣言したことで、さらに強く感じられた。
通常、「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」のことであろう。

また、インターネットは、新しい安定状態と変化要因を指向していく。
インターネットは「物理的な機会の平等」である。

さらに私自身の考察を進める。

トランプ大統領の1月20日の初就任演説で、
アメリカが自国を変化要因と見なした瞬間に、
日本も日本をアメリカと掛け算になる変化要因と見なし、
交渉に成功した。

また、「新しい1000年」が宣言された。
これは「未来への加速」を意味する。

さらに、
「安倍総理はアメリカでエイブ(Abe:アブラハム)」
と呼ばれていることも日本のニュースサイトで伝えられている。
私には、
紀元前3500年の最初の預言者アブラハムが思い出された。

どんなに加速度を大きくしても、
1000年の変化量に対しては「遅い」。
しかし、1000年の未来への変化量に対し、
これまでの5517年間の変化量を「均衡する」と仮定する時、
「現在は0時間長である」と理解され、
「現在において、仮定しえる多数の均衡点が選択可能になる」
と理解される。
つまり、「速度の考察」から「選択の考察」になる。

その肯定は、初議会演説にも存在し、
「もっとも緊密なある同盟国は数十年前、かの大戦で戦った相手だった。
 こうした歴史はわれわれに、より良い世界を作り出せるのだという
 可能性への信念を抱かせる」
という言葉で宣言された。

新しい状況以前の、これまでの情報で検証してみる。

参考の試みとして、ネット上の情報によると、
東芝の総資産は、連結:5.4兆円(単体:3.6兆円)。
今回の負債額を1.7兆円とすると、
総資産への比率は31%(47%)。
この比率を「東証二部上場になるけれど、
支援する銀行が存在する数値」と仮定する。

世界経済77兆ドル(8701兆円)のなかで何が考ええるか?
そのように考えると、安定状態は維持しにくいと考えられる。

要約として、
0時間長における多数の均衡点の選択と、
未来へのタイム・スケールにおける変化要因がある、
と考えられた。


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