あなたは、
存在するゆえの直感を持つ、
原理への反応系です。

非規定で、行使を。

2012年04月01日

ニーチェ:ツァラトゥストラかく語りき

 
  「さあ、聞きなさい、私と共に歩む者よ、神は死んだ。

   君は見る。私が意思そのものをもって意思することを。
   私が自ら回転する一つの車輪となって、自らの運命を行くことを。

   君よ、世の人々を見るが良い。神は死んだことを、
   人間のあまりの愚かさ故に悶え死んだことを。

   人類の没落にあって、新たな人類を魂の内に見い出す時が来た。
 
 
この文は、私が大学時代に読んだ、
ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」のなかで、
私の記憶に残っている表現を組み合わせたものです。

当時読んだ本は、昔のことですので紛失しましたが、
3年ほど前に古本屋で「ツァラトゥストラはこう言った」岩波文庫・氷上英廣訳
のものを入手したので、翻訳本は持っているわけです。


現に生きている人々の意思を否定するのではなく、

その主張を考察してみることにも大きな意味があると思います。


ヘルマン・ヘッセは、第二次世界大戦のさなか、
政治家にではなく、兵士たちに直接、

イデオロギーのために戦うのではなく、あなた方自身の目覚めのために闘いなさい。
 それは兵器を手にして戦う闘いではなく、あなた方の魂による闘いで、
 その真の闘いをなすなら、その手のなかの兵器はもう必要ないことに気づくだろう。

と、書物の力で世界にうったえかけていました。(さまざまな書物からの私の要約です。)
その代表的な書物の名は「ツァラトゥストラの再来」です。

私の恩師・井手賁夫先生は、ヘッセは進化論者であり、
ニーチェの思想を肯定していた、とおっしゃってました。

私は、「ヘッセは、進化論者であり、ニーチェを肯定していて、さらに、
人類の文化的資産全てを用いる芸術であるガラス玉遊戯が実現したなら、
人類の未来についてどのような予感を持つと思われますか?」と
質問したことがあります。

私の質問には手紙で応えてくださっていた先生でしたが、
この質問にだけは、返答がありませんでした。

後、北海道大学のバスに乗っていた井手賁夫先生が、
道を歩いていた私を見つけて見つめていたのに私が気づき、
その目が恐ろしく鋭かったことは脳裏に焼き付いています。


2009-09-19公開

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生きる喜びへの中毒

自分の成長が、自分や周囲の人々にとって、
どのような未来をひらくことになるかに、
いつも注意しています。

過去や現在に、苦難があるからこそ、
それを乗り越えられる何かを見い出した時に、
脳内物質が分泌されるのでしょうか、
非常に大きな快感につつまれます。

生きる喜びへの中毒なのかもしれません。

昨日までの記事にありますとおり、
私が苦悩のなかにあっても、
決して歩みを止めないのは、
生きる喜びを日に何度も感じているからでしょう。

月9万円で生活していた時も、
1日16時間働いていた時もあったわけです。
つくづく思うのは、自分の力を方向づけるのは、
自分の運命を方向づけるのと同じ、
ということです。

一定の方向に力を向けると、意識もその方向に向かいます。
意識が向かえば、自分の素養を活かすヒントが見つかります。
自分の素養が良い結果をもたらせば、
それが自分の未知の能力であったことを確認できます。

日々、より向上した自分に出会える、それだけでも、
人生は試みる喜びに満ちている、私はそう思ってます。


2009-11-28公開
 
 
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世界人権宣言 第二十七条

気分の良くなること、探したいですね♪ (^^)

〔国連における〕世界人権宣言 第二十七条
1  すべて人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、
  及び科学の進歩とその恩恵とにあずかる権利を有する。
2  すべて人は、その創作した科学的、文学的又は美術的作品から生ずる
  精神的及び物質的利益を保護される権利を有する。

    −世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)より−

人には、社会生活に参加することで、文化文明の発展の恩恵を受ける権利があり、
同時に、自らが成した文化文明の発展について自らの利益を保護される権利がある、
と読み取れます。

人類の文化文明の発展への、国際的・社会的・個人的な動機を促すことになる、
国連でなされた、優れた宣言と言えるでしょう。

ブログで日々活動されている人々にとっても、その権利が守られることについて、
創作への姿勢は世界に通じることもまた、読み取ることができます。


2010-01-01公開の記事から
 
 
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技芸と時空、あなたの本来の能力。

人生における希望や苦難に対し、より幸福になるために、
私たちはさまざまな工夫や努力をします。

その工夫や努力の一つ一つが、それぞれ、いつ、どこで、
人生の満足につながるかが分かれば、心の平安や、豊かさの獲得、
−考えてみるとその二つは同じものですが−、に、
よりスムーズに取り組むことができます。

人生とあなたとの関係をむすぶ工夫と努力の体系と見通し、
習得方法と活用をあわせたものは、「技芸」と呼ばれます。
技芸が、あなたに可能な活動の時間と空間をとらえた時、
あなたの現在の意識より、一歩高いレベルの意識が仮定され、
「何かが起こる」という「発展の要請」をあなたにもたらします。

この発展の要請は、あなたの注意力を増し、活動をうながし、
発見につながり、あなたの人生にチャンスをもたらします。
あなたが、生まれながらの束縛、否定的な経験の記憶や、
時代の雰囲気などを超越する瞬間のはじまりです。

そしてそれらは、あなたが本来、
生まれながらに持っていたものです。

ただ、使い方を知らなかった、というだけです。

時間と空間を利用して、あなたの本来の能力をいかに活かすか、
ご案内していけたらと思います。

技芸とは本来、より高い意識レベルでの活動を、
成果に結びつけていく過程なのです。


2010-02-06公開
 
 
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ゲーム理論とガラス玉遊戯/快楽と昇華

私が以前、ツイッターでツイートしたものから、以下。
 
 
Part.1 ゲーム理論とガラス玉遊戯

夜が明けてきた。
3時くらいに横になったけど、5分おきに新しいアイデアが生まれてきて、
結局、4時半くらいに電気をつけて、椅子に座っている。

ゲーム理論が面白い。
ゲームと言っても、遊びや試合のことではなく、
「出来事の構造」みたいなもの。
創始者は現在のコンピューターを発明したジョン・フォン・ノイマン。
私はコンピューターについての勉強を小学3年生から始めているので、
ゲーム理論にも、非常に馴染みやすい。

例えば、ゲーム理論でのゲームの構造の解明は、
コンピューター・プログラムや論理回路の設計の時の関数テーブルに似た印象が、
ある。

現在、ほとんどの企業や個人が用いているコンピューターは、
「ノイマン型」のままだ。

さまざまな問題を解決するのに、変化の始まる場所、変化が伝達する要因、
注目したいところ、それらをガラス玉遊戯の可能性で受け取るところ、
それらは、これまでも扱い方を探求してきた。
そして、
そこに私の希望を盛り込む時、
現実に何が可能かを配分するか決定しうる要因を解明するために、
ゲーム理論が決定的に役に立った。

いま、私は、日本を愛する心を大切にしながら、現実問題について、
アメリカも、中国も、視野に入れ、
私に可能な意思決定を可能な限り最適に行なうことが、できる。

それぞれ、私が用いる私の素養は、短いもので13年、
長いもので41年の訓練を積んだものだ。

満足している。これからより良い状態を目指すにしても。

ノイマン型のコンピューターでは、
1+1=2の単純な計算ができるよう、
AND・OR・NOTを基本とする論理処理の回路を組み合わせたものだった。
それが、プログラム全体で1+1=2の数学的基本を否定しない限りは、
論理処理の組み合わせの能力をコンピューターに可能にした。
もちろんこれが、人工知能と呼ばれるプログラムを可能にしている。

当初、
高速の自動計算を目的として発明されたコンピューターが、
こうした論理的処理機能を中心として用いられることは、
ノイマンは想定していなかったかと思っていたが、
ゲーム理論の創始を見ると、
ノイマンはコンピューターが世界に与える将来の影響に、
かなりのイマジネーションを働かせ、また、
可能性において予見していたのだろう。

コンピューターに、かなり早い段階から、
人間の思考力を目指すものという認識があったのは、
ノイマンが伝えた自身の予測があったのかもしれない、
と想像させられる。

これも、さらに想像だが、
出来事の構造を「ゲーム」と呼んだのは、
それがコンピューター内の構造と相互に反映しあうことへの、
期待からだったのでは、と感じられる。
これからさらにゲーム理論を調べていくうちに、
名前の由来にも出会うのかもしれない。

ガラス玉遊戯とゲーム理論と知的財産権の組み合わせって、
デタラメに強力だと思う。
新しい価値だと、興味を示す人と示さない人とがいると思うから、
既存の文化的資産と知的財産権と、ゲーム理論で扱う現実の例とで、

(以下、略。) 
 
 
Part.2 快楽と昇華

フロイトがかつて説明した(140文字にするため言いかえあり)、
性欲を阻害すると恐怖が生じ、
性欲を創造に用いると発展が生じる(昇華)、というのは、
恐怖⇔発展、という、綺麗な対になってるね。

恐怖や不安がある時、異性に気持ちが向くのは、
種の保存という点から理解しやすいけど、恐怖や不安の時、
創造的活動をすると非常に大きな発展が生じ得るというのも、
種の保存という点で理解できるように感じる。
専門外なのであくまで私個人の考えだけれども。

種の保存のため、創造をすると発展があり、
その際に性衝動が転化され用いられるのだとすると、
命と理性との関係、美と感動との関係が、
どのように人間を形づくっているのかに、深く想像が導かれる。

(以下、略。)


2010-12-05公開
 
 
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