あなたは、
存在するゆえの直感を持つ、
原理への反応系です。

非規定で、行使を。

2012年01月07日

自己存在を用いて、他者の存在を活性化する。

【要約】

自己存在を用いて、他者の存在を活性化する。


【本文】

元々、人は様々な作用を伝達する存在です。
そのため、
何かの意味を他者に伝達するには、
その人の存在自体が最も大切になります。

芸術は、調和の技法を用いて、
他者に自分の存在を再現することでもあります。

他方、芸術は、自分の存在によって生まれた調和の技法で、
他者の存在を活性化することでもあります。

芸術の技法を持つ人は、
自分の存在によって、他者の存在を活性化することができます。

かつての、
CDやDVDなどで作品を伝達することでなされていた芸術の活動と
異なった方法で。
いまは世界精神があるからです。

世界精神の三つの要素は、
芸術の技法の実在と、自発的活動の実在と、インターネットの実在です。
http://glass-bead-game.potential-performers.com/worldspirit.html

世界精神において、かつて、美を伝えていた調和の技法は
他者の存在の活性度を高めるため自己存在を用いる伝達手段として、
再評価できるようになりました。

比喩的に言えば、この世界は楽器になったのです。

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2012年01月06日

インターネットのなかで“ファクト”は重要な要素の一つです。

インターネットのなかで
“ファクト(実際・現実)”は重要な要素の一つです。

ある人がファクトを示すには
“その人の経験の記録”と“その人の質疑応答のリアリティ”が
必要です。

一方、インターネットを活用する経験を続けた人は、
事実の真偽を見定める感覚を得ているものです。

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インターネットはある人の実在への世界からの数学的に可能な反応を内在している。

インターネットは
ある人の実在への世界からの数学的に可能な反応を内在している。
それは潜在的にであっても。

自分が表現や働きかけをしている場所や相手のみではなく、
見えないところから観察している人の反応や、
その人々の好意や反発などの反応や、その他について、
数学的に可能な“反応の仕組み”は存在しているか、いつか存在する。

(ツイッターやfacebookが例)

しかし、実践則は難しくない。
その人が世界にとって何であろうとするかが、最終的な結果が何であるかに、
反映されていく。


なので、
世界にとって自分が何であろうとしているかを意識して活動するのが、
一番良い。


見た目の反応は虚像でありえるが、数学的な反応は虚像でありえない。

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2012年01月05日

アリストテレスの推論と推理と推想は姿勢としては、以下の通り。

アリストテレスの推論と推理と推想は姿勢としては、以下の通り。

推論の場合: 過去から現在を観る。
推理の場合: 現在から未来を観る。
推想の場合: 未来から現在を観る。


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道は拓けた。1048576倍へと意味を増し。

一日に一つ小作品を創ることではない。
私の能力はみな知っている。

ある人にガラス玉遊戯と同レベルの可能性が観られるよう
私の経験に沿って、相手の世界精神に応じるよう
その人の人生に益する方法や思考を、一月の間の二十日間、
一日に一つ提供する。

一つの「可能の根拠」である「種」が世に提供され、
価値があるなら、二つ目の「可能の根拠」でそれは二倍に、
三つ目で四倍に、四つ目で八倍に、となるはず。

それを二十回繰り返せば、1048576倍になる
ある人のなかにどれだけ伝わり、反映されるかは、別としても、
世の中に伝播される「意味の総量」として十分と思う。

「技芸への取り組み方で一般化されたものを」
「世界精神における友たちと」


人々の内から始まる「新しい何か」があるはず。
私自身の人生もより良く発展するだろう。
きっと多様に。きっと力強く。


道は拓けた。
私にも、世界の人々にも。

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posted by “響” at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 合目的性
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