あなたは、
存在するゆえの直感を持つ、
原理への反応系です。

非規定で、行使を。

2012年12月21日

大自然の巨大なレバレッジが現われる。

脳は現実化の器官。
行動は大自然と応じあうプロセス。

思考と行動は互いに応じあうべき。
行動と大自然は互いに応じあうべき。
大自然と思考は互いに応じあうべき。

ゆえに、それぞれの人の思考は単なる信号ではなく、
それぞれの人の行動は非力ではない。

大自然の巨大なレバレッジが現われるフィールドがある。


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2012年12月18日

物語。世界と心。

物語には世界を誰かの心に広げる構造がある。
世界にはあなたの心に物語を広げる構造がある。

世界と心の間には、過程が反対の二つのベクトルがある。
そのベクトルを受け持つのは物語だけとは限られていない。

他の芸術。
フェスティバル。
約束。

世界と心の間のベクトルを具体化できる何かの方法が存在する。
あなたにも。


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2012年12月17日

内側の変化と外側の変化は、呼吸のように、一つのものです。

人は現象や世界について解明を求めます。

しかし、自分もまた現象や世界であることは忘れがちです。

自分自身を知ることは、現象や世界を応用する方法の一つです。

内側の変化と外側の変化は、呼吸のように、一つのものです。


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2012年03月03日

思考と現象 手とモデル

数学と論理学では、ノートとペンで、
客観的必然性を証明できます。

不思議だなぁっと思うこともありますけど、
考えてみると、物理学などで実験装置を用いたとしても、
脳が現象界を思考に再現することが
客観的必然性を現していることは同じですね。

ガラス玉遊戯の場合は、
反省的判断と主観的妥当性の能力で、
理念に関する調和(内的合目的性)を現すのが、
最初の特徴なのですけど。

第一図式法はその扉を開ける鍵です。

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※21世紀に入るころに私が読んでいた本です。
 著者は有名なウンベルト・エーコ。

何か新しい現象を探すためのモデル(模型)、
そのモデルを通して色々と考えてみることがありますね。

意外と見落としがちなのが、
もっとも身近にあるモデルは自分の「手」である
ということですね。

例えば料理を作る時には、
食材や調理器具という現象から始めて、
料理という現象への変化を得ます。

この現象から現象への変化は、
自分の手を通して感じられ、思考の発展につながり、
思考を現す時にも手を通して行われます。

「より素晴らしい料理を作ろう」という
「試み」においては、手は素晴らしい料理に至る、
思考と現象とをつなぐモデルとなります。

この場合、より素晴らしい料理に至る過程は、
その手の上に現れます。

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2012年02月20日

図式法を作用の流入流出の機会として、私と世界との関係が、秒単位で進む。

図式法を作用の流入流出の機会として、
私と世界との関係が、秒単位で進む。

自然技芸を公開したので、向こう側でも、
探究が進むだろう。

日本でも。
流れをどう読むかはいろいろだけど。

実感中。(^^)これなんだな

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