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2012年04月01日

聴罪師

小説ガラス玉遊戯の最後に、三つの履歴という、
主人公ヨーゼフ・クネヒトが書いたという設定の短編集があります。

小説のなかの主人公が小説を書くという設定には、
ガラス玉遊戯の訓練法が関わっています。
訓練法とは、任意の時代と地域とに自分の人生を設定し、
その空想の世界での体験を文章にまとめる、というものです。

これを実際にやろうとすると、図式が数百も必要なので、
私は時間の都合上、小規模なもの以外、まだ試していません。


以下、三つの履歴のなかの、聴罪師という作品を、
私なりに要約したものです。

ある町にヨーゼフという聴罪師がいました。
聴罪師とは、罪を犯した人々の話しを聴き、神の許しへと導く人のことです。

ヨーゼフは、罪の苦しさから逃れたい人々の話しを丹念に聴くと、
ひたいをあわせ、神の祝福を伝えていました。その方法は、
人々から賞賛されることも、また、愚かだと言われることもありました。

人々を罪の苦しみから解放していたヨーゼフでしたが、
ヨーゼフ自身、人生の象徴となっている、自らの理性から来る苦しみから、
解放されたいと思っていました。

遠い地に、ディーオンという聴罪師がいることを、
ヨーゼフは聞いていました。「ディーオンをたずねてみよう」
ヨーゼフは旅に出ました。

ディーオンは、ヨーゼフと違い、罪を犯した人の苦しみの理由を厳しく正し、
体罰をもいとわない人でした。ヨーゼフはこの人の元で学び始めました。

ところがある日、異教徒が訪れ、その苦しみと、
苦しみから解放してくれる「彼らの神々」について話し始めると、
ディーオンは静かに聞き、そして丁寧に挨拶をすると、
そのまま彼らを帰しました。
ヨーゼフは「どうしてですか?」とたずねました。

ディーオンは「彼らには許しはまだ必要ない。
彼らは本当に苦しいのは何であるか、まだ経験していないのだ。」と、
ヨーゼフに告げました。

高齢のディーオンが、自らの死期を悟ると、ヨーゼフに、
後を継ぐように、と告げました。ヨーゼフは、
「私には、まだ、無理です。」と答えました。

しかし、ディーオンは「君は、昔からもう、準備が出来ている。
なぜならヨーゼフ、君が私を訪れなかったら、
私が君のところに行っていたからだ。君が許しを求めていたように、
私も許しを求めていた。その私を君が訪れた時、
君に私と同じ苦しみを見た時に、私にできることを君にしようと誓った。
しかし、私の命は間もなく終わる。私を休ませてほしい。
私に君からの許しを与えてほしい。」

ディーオンの告白を聴くと、ヨーゼフはディーオンにひたいをあわせました。

次の朝、ヨーゼフがディーオンのテントを訪れると、
ディーオンはすでに、神のもとへと旅立っていました。


2009-08-26公開
 
 
     (C)Copyright 2009 Kyou Nissho. All rights reserved.
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