あなたは、
存在するゆえの直感を持つ、
原理への反応系です。

非規定で、行使を。

2016年04月10日

[作用技芸]主観的妥当性における跳躍に客観的必然性の形式の体系が応じえる例。

[概観]

非公開。


[図式]

非公開。


[解説]

芸術には構成があり、構成には形式がある。
形式の自由において、世界を暗示する構成の間の跳躍がありえる。

また、この跳躍の経験が、
他の分野における形式の発見の動機になりえる。

例えば、ロマン主義は音楽・絵画・小説で生じている。
形式は、それぞれ時間・空間・概念に対し、得られている。

芸術は主観的妥当性における喜びへの、
客観的必然性である形式の適用である。

歴史的事実として、主観的妥当性における跳躍の呼びかけに対し、
客観的必然性の形式の体系が見い出されたことが理解される。


図式:1844


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2016年04月08日

[ガラス玉遊戯]世界による作用と生命による覚醒の合一。その手法の解放の性質。

[概観]

no1843gbg.jpg


[文化的資産]

諸法皆空

仏教用語。
この現実の世界の存在は、
直接的原因や間接的諸条件によって成立しているのであって、
それらの存在には実体としての永続的主体はありえない、
ということ。

−ブリタニカ国際百科事典−


[第一図式法の使用]

象徴:成就。
<- 機能:自己に顕現する作用が世界に反映される。
文化的資産:諸法皆空。
-> 反省的判断:反応性主体において、主導性への覚醒が顕現する。

原理:不定の作用。
<- 試行:世界と生命が一つであること。
変化:ふさわしい意識の実体化。
-> 人の能力:宇宙の変転の覚醒。

存在:反応の不滅。
<- 恵み:覚醒が作用を意味すること。
現われ:作用としての生命。
-> 対象の可能:変転と生命の合一。


※第一図式法

scheme_method.gif


[顕現する記号の性質]

人間は情報を発することで世界に変化を及ぼす。
一方、発する情報は主体の反応の傾向を客観化する。
それは「支配される性質」を現実化する。

一方、生命として存在する自己は世界への反応である。
その反応が示す体系は諸作用の体系と類似しえる。

自己が反応する変化を主体の性質と見なす時、
その覚醒は未知の作用を暗示し、
自己から及ぼしえる作用と一致しえる。

自己存在を介して顕現しえる作用に自己が反応する。
その手段は「支配される性質」と異なる。



図式:1843


あなたは、
あなたのなかの記号を感じていますか?


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2016年04月05日

[作用技芸]反応する形式。大自然の変化から獲得されるエネルギー。

[概観]

非公開。


[図式]

非公開。


[解説]

世界の変化に反応して調和が現われる。
反応して形式が現われる。

その形式を自己存在に現せられるなら、
生命の継続が可能になる。

ゆえに、変化を客観化することに意味が生じる。
形式の可能性を先取りしてゆく。

客観化は動的であるけれど、
形式は存在の可能への反応を継続する。

世界の巨大なエネルギーと、生命のエネルギー。
差異は力。


[補足]

例えば、
人類はカレンダーを獲得したことにより、
効率的な農業を可能にした。

カレンダーという形式が生存を左右する。

生存を左右するそのエネルギーは
大自然の変化から獲得されている。

差異は力。


図式:1842


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2016年04月03日

ガラス玉遊戯と300年の過程の把握。

小説ガラス玉遊戯では、
退廃した時代精神に対抗する役割として、
ガラス玉遊戯が描かれている。

ガラス玉遊戯では境界の除かれた精神的成果が
超越性の顕現のため用いられる。

この「過程の評価」がいかになされるか?

つまり、
「超越性がいかに超越性として認識されるか」について、
小説では音楽に見られる精神の崇高さと、
東洋の瞑想術が有効とされている。

ガラス玉遊戯の魔術記号を生み出すには、
第一図式法より第二図式法が適している。
それでも、300年間、
魔術記号は進化を続けると考えた方が良い。

日本は2676年の一貫した歴史がある。
その「歴史に反応した精神性」が超越性に適している。

日本人の多くは、
一見簡易なパートタイムの仕事にも哲学的見地を持つ。
それでさえ、生きる姿勢には不十分と思い、
言葉にすることをためらう謙虚さが現われる。

そもそも、
物事を把握する尺度が大きいのだ。
しかも、それが当たり前になっていて、
自覚が対応していない。

説明を振り返ってみる。
300年の「過程の評価」がいかになされるかについて、
日本人は有効な精神性を社会的遺伝として継承している。

20160403皇居の桜07.JPG

皇居の桜を楽しみながら、
その大きな社会的継承について感じていた。


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2016年04月02日

[ガラス玉遊戯]予見的整合性への、人間の存在するゆえの形式の活用。

[概観]

no1841gbg.jpg


[文化的資産]

音楽

語はギリシャ神話の9人の女神たちが行なう活動
(言語、詩、音楽、舞踏などを統御する)を意味する
ギリシャ語のムシケ(mousikē)に由来する。

−ブリタニカ国際百科事典−


[第一図式法の使用]

象徴:生誕。
<- 機能:予見と反応の相互に適用される整合性。
文化的資産:音楽。
-> 反省的判断:実践の先行的性質における、諸実在間の整合性。

原理:欠落と経過。
<- 試行:思考の主体が存在であることの実践。
変化:進化と遍在。
-> 人の能力:整合性に観察される、脳の先行的活動。

存在:反応の解釈。
<- 恵み:潜在領域の顕在化。
現われ:生成の要因。
-> 対象の可能:人間の諸能力の活用に観察される超越性。


※第一図式法

scheme_method.gif


[顕現する記号の性質]

音楽において、
人間は現象世界と自己存在の同一性を経験する。
あるいは
思考される世界の既存の性質への超越性を経験する。

思考力において何らかの欠落があっても、
世界は継続して変化を進行していくことを人間は知っている。
進行は認識されえるので、予見の術を人間は求める。
そして、人間は音楽を経験している。

経験において何らかの欠落があっても、
整合性の先行により、人間は予見性を補完する。

人間は存在している。
存在における形式は、予見的整合性として用いられえる。



この図式では、
以下の記事における図式の継続を扱った。
“[ガラス玉遊戯]世界の生起に反応する潜在意識。
 時の力を得る魂。”
http://blog.potential-performers.com/article/174634296.html


図式:1841


あなたは、
あなたのなかの記号を感じていますか?


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